Jazzピアニスト石井彰(Akira Ishii)の気まぐれな日記Blog ラトビアからの友人
| 更新目次
バルト三国のラトビアという国をご存知だろうか。
西側がバルト海に面し、北側はエストニア、さらに北の方にフィンランド、南側はリトアニア、バルト海を挟んでさらに西側がスウェーデン。東側はロシア。
歴史的にいうと1991年までソ連に占領されていた。現在はNATO、EU加盟国である。
海に面し、森林も多く、街並みも古い〜といっても先の大戦でかなり市街地が破壊されたので戦後復興で古い街並みを再現したらしい。首都はリガ。北ヨーロッパの美しい国だ。
とはいっても全くと言ってもいいほど知らぬ国。
この、遠く未知の国から大阪に3人のミュージシャンがやって来た。
ことの始まりは、昨年6月に突然Facebookを通して一人のラトビアのミュージシャンからメールが届いた。
「大阪音楽大学を訪問し、大阪でいくつかのコンサートを行いたいが、あなたや大阪音大は興味をお持ちか?」という内容でした。変ないい加減な人からの失礼なメッセージも届く中、直感的にこのラトビアの方に興味を持ちました。そして10ヶ月にわたるメールでのやり取りが始まりました。
Jachin Edward Pousson
さん。
作曲家、ミュージシャン(ドラマー)、Jāzeps Vītolsラトビア音楽アカデミー(JVLMA)研究員、楽器のデザイナー。さらに、映画製作者、アニメーター、ゲームデザイナー、作家、ビジュアルアーティスト、ダンサー、振付師とのコラボレーションも行う、多才なアーティストである。
彼は"Enadless Roar"という即興グループを率いて来日し、大阪に滞在しいくつかのコンサートと我が大阪音楽大学での特別講義とコンサートを持ちたいと。僕は大学のことに対する決定権はないので、ここまでの経緯を大学に伝えると、二つ返事で了解してくれたのだった。
その決め手は、"Brain-Computer Music Interface"という技術の研究開発を行っている人で、そのデモンストレーションも行いたいという申し入れに大学側も反応したのだろう。
この聞いたことも見たこともないシステムを我が大学で実現するための会場、機材、日程、通訳の手配、などなどほぼ全て私の指示で大学側に動いてもらった。私が大阪にいれば現場での指示など動き回れるのだが、遠隔操作には時間がかかり、うまく連携が取れずに非常に困難な準備期間であった。
まあそういう大変なことはしっかりと乗り越えることができて、4月の22日に大阪に"Enadless Roar"はやってきた。22日にはクラシックのサックスコースへの特別レッスンが行われた。
24日の朝から学生食堂「ぱうぜ」の2回にある会場でセッティングとリハーサル、打ち合わせが行われ、とうとう本番を迎えたのであった。
“Endless Roar”は、ノイズというジャンルの中で構想され、アンビエント・ドローン、ポスト・ロック、フリージャズを経て、現在の「フリー・インプロヴィゼーション」の形へと進化してきた。近年では、ルーパーやエフェクト・ペダル、シンセサイザー、ノイズ・シェイパー、エレキギターなどを使用し、表現の幅を広げている。
メンバーはサックスがArvydas Kazlauskasさん、ベーシストがStanislav Yudinさん。
特別講義の内容は次のとおり。
・フリージャズの歴史と主要な方法論
・演奏における「グループ・フロー状態」の解説
・BCMI(Brain-Computer Music Interface)による脳波の可視化とその応用の可能性
講義では、Ornette Coleman(as)、John Coltrane(ts)、Sunny Murray(ds)、Anthony Braxton(as)、Evan Parker(ts)などの演奏例やそのアプローチが紹介された。さらに驚くべきことに、日本の1960〜70年代におけるフリージャズへの造詣も深く、高木元輝(ts)、吉沢元治(b)、山下洋輔(p)、阿部薫(as)、冨樫雅彦(ds)、高柳昌之(b)、沖至(tp)らの演奏・思想も研究されていた。Jachin氏は、日本独自のフリージャズが世界的にも特筆すべき存在であると絶賛しておられた。
また、彼らが提唱する方法論を個別項目として図解で示し、実践に取り入れやすいようにしていた点も非常に印象的であった。
Silence(沈黙)
Color(音色)
Speech(フレーズ)
Pulse(脈)
Texture(質感)
Juxtapose(並列)
Support(同意)
Mirror(鏡)
Solo(ソロ)
これらの要素を意識してコントロールすることにより即興演奏の指針を明確に示し、それをルーレットのような図で示しゲーム感覚で学生達に体験させたことは、とても喜ばしい成果があった。
「フロー状態」という概念は、人がある活動に深く集中し、完全に没頭している状態を指す。日本語では「没頭状態」や「ゾーンに入る」などと表現されることもある。
演奏時において、挑戦とスキルの最適なバランス〜自分の能力に見合った、やや高めの課題に取り組むと良いと思う〜がフロー状態に入りやすいとの事。
このような状態への入り方を意識することで、個人としてもグループとしてもフロー状態に入ることの難しさは大きく軽減される。この考えを短時間で的確に伝え、自ら模範演奏を通じて実演し、さらに学生たちにも体験させて証明してみせたことは、Jachin Pousson 氏の卓越した教育者としての力量を物語っていました。
Brain-Computer Music Interface(BCMI)のデモンストレーションは、最も長い時間をかけて準備されました。Jachin氏が開発研究しているこのシステムは氏の公式ホームページには以下のように記されている。
「この研究は、リアルタイムの音楽的インタラクションのために、人間の脳波信号を利用するツールの開発を目的としている。ここ数年、私は神経科学者やビジュアル・アーティストと協力し、ライブ・パフォーマンスにおいて、ミュージシャンが脳波信号を使って音楽やビジュアルメディアをコントロールできるBCMI(Brain-Computer Music Interface)システムの開発に取り組んできた。
BCMIシステムは、脳波計のハードウェアと、ユーザーの脳波を受信・フィルタリング・デコードするソフトウェアを実行するコンピュータで構成されており、これらをマッピングして、音楽や映像のパラメーターをリアルタイムで操作する。以下に掲載されている動画では、さまざまなソリューションの調査・テスト・実演のプロセスが記録されている。
この研究プロジェクト内で開発されたBCMIシステムは、高覚醒状態と低覚醒状態という対照的な演奏者の状態に基づき、演奏の表現意図を読み取る仕組みとなっている。これは、感情的に中立な音楽演奏と、感情的に表現豊かな演奏における脳波のスペクトルパワーを比較・特徴づけることで実現された。
今後のステップとしては、これらのツールを複数ユーザー対応に拡張し、共同創作における脳間ダイナミクスを活用することで、没入型のマルチメディア操作を可能にすることが目指されている。言い換えれば、共有された脳の活動が、芸術の創造や体験において新たな役割を果たすということである。さらにこれを発展させることで、BCI(ブレイン・コンピュータ・インターフェイス)やヒューマン・マシン・インタラクションの広範な分野におけるソリューションにつながり、将来的には“マインド・ツー・マインド”の直接的なコミュニケーションネットワークの実現にも近づくであろう。」
この日の特別講義とミニコンサートは即興演奏の実践に費やされたので、我々が初めて目の当たりにした脳波で照明をコントロールするこのシステムを深く知る事はできませんでした。しかし、この序章は、我が国や本校にとって、新たな目標であり、また重要な課題を提示してくれるものであったと思います。
実は、翌日の午後に私は心斎橋のスタジオでJachin氏とともに、個人的にBCMIを体験させていただきました。8個のセンサーが装着されたヘッドギアを頭に取り付け、脳波を測定・信号処理を行い、特定の脳波のパターンや強度を検出。そして、その検出された脳波の特性を、パソコン内の音源ソフトや照明コントロールソフトへ制御信号として変換・出力する仕組み。
このセッションでは、脳波データを可視化し、音源モジュールへと出力した。脳波測定の際には以下の2つの脳波に注目しました。
・リラックス状態、閉眼時、瞑想中、創造的思考の際に出現するアルファ波およびシータ波
・覚醒時・集中時に出現するベータ波
これらを意識しながら、ピアノによる短い即興演奏を行った。明らかに意識の切り替えがデータに表れ、それが可視化されたことで、ティンパニを中心とした打楽器的ノイズを発する音源ソフトからの音を実際に聴くことができた。
また、「演奏せずに」意識によって脳波をコントロールできるかどうかという実験も行い、演奏時と同様の脳波の変化を再現できることが確認できました。頭の中で音楽を思い描きながら演奏している時の感情の起伏は、ある程度コントロールできることが分かり、非常に大きな収穫となりました。これは訓練次第でかなり精度を上げることも可能です。
このように二日間に渡ってJachin Pousson、Arvydas Kazlauskas、Stanislav Yudinこの三氏との出来事は大きな驚きと共感、そして友好関係を築くことができました。この三氏に大いなる感謝の意を表したいと思います。そして改めまして、大阪音楽大学のジャズコースの先生方、学務事務部門の梅澤修一様、そして素晴らしい通訳をしてくださった大阪音楽大学元特任教授中尾園子先生に、心より深く感謝申し上げます。
いつの日か今回のことがきっかけとなりラトビアと日本の文化交流が深まることを願って止みません。
この日の模様をyoutube動画にまとめました。どうぞご覧くださいませ!!
Jachin PoussonさんのHP
Arvydas KazlauskasさんのHP
Stanislav Yudinさんの情報