彰の気まぐれ日記:Akira Note

音楽は深すぎる…….

早くも厳しい冬を感じさせる米原、そして晩秋の...というには暖かい奈良の三日間、日本では温暖な気候の静岡の一日。日野バンドの今年最後のツアーは幕を閉じました。

ここ半年あまりの日野バンドのサウンドの変化はお聞きのとうり。既成のコード進行やテンポ、フォームに全くとらわれずに、自由に曲を即興的に紡ぎ上げていく方法論。

何をしてもいいんだよ〜という制限の無さは、音楽の全てはその人の内面にかかわっているんだよ〜という厳しさを表す言葉と表裏一体。

そういったことを考えながら(日野バンドに関わらず)今まで音楽を表現してきたつもりだった  が。。。。。。。。まだまだ浅はかだったことを痛切に感じさせられた5日間だった。

キメを合わせることや、タイトなリズムを出すとか、ハーモニーを合わせるとかいった事とは対極にある方法論。個々が意味のあることを主張しあいながら反発しあう様で、違う次元の線が距離を持って有機的に絡み合う。。。。。。。うーーん、難しく言うとこんなところだが、要するに誰もが妥協なしに意見をぶつけ合う音楽、いや、人間関係のあり方そのものと言っていいくらいの赤裸々な舞台と言ったらいいのか。

自分の主張の弱さには、ほとほとあきれ返る。無意識に人との調和を求めてしまうのだ。まあ、そういう性分なのだろう。ある意味しょうがない。天秤座だ!!(笑)自ら進んで対決や意見をゴリ押しすることは好まない。とはいえ、頑固ではあるが。

日野皓正という人は、僕とは性格的に正反対の人。だから憧れをもっているし、尊敬している。がしかし、そういう人に初めて人間的に、そういった概念を捨て去って対峙せねばならぬ時がやってきた。今までそういったつもりだったが、「つもり」に過ぎなかった。

日野バンドに合う自分ではなく、裸の「石井彰」をぶつけられるか?!

プーさんが病に倒れて、偶然やってきた日野さんとのデュオと和丸を入れてのトリオでの演奏の機会。

この歳になって恥ずかしいが、ここまで音楽を表現することの怖さや深さを感じて臨んだライブはなかったかもしれない。オーバーだが、これまでの音楽人生を賭けて臨んだ。

あっ、これはと思った瞬間が何度かあった。相手を尊重しつつも音楽的に「裏切っていく」感覚。これが今まで僕の中に無かった。今までそうやっているつもりでも、どこかに調和を求めながら音を出していたかもしれない。そういうやり方が悪いとは思わない。しかし、今日は新しいステージにチャレンジするのだ。それをやらねば次のステップになっていかない。

できたかどうかは解らないが、やった。日野さんもその変化を少しは認めてくれたようだ。しかし、それは日野さんの為にやったのではない。自分の為だ。

米原の伊吹山の麓でのコンサート、生駒の小学校の吹奏楽のバンドの出す音の素晴らしさ、生駒の素晴らしいホールでのコンサート、とても心に残りました。がしかし、静岡の「青嶋ホール」のオーナー夫妻、主催者の井上様ご夫妻の暖かいお人柄、素晴らしいホールの響き、スタインウエイBの気品ある響き、そして打ち上げでお世話になった、画家の方のお宅のアットホームな暖かさは自分の中で一生忘れることのできない貴重な一日となりました。(少しオーバーかな?)

ピアノのプーさんは今週、肺の手術を受けることになったようで。一日も早い回復を!!!

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